ベートーヴェンはプレイボーイ!? 歴史上の人物の“意外な恋愛エピソード”BEST5

歴史上の人物の、意外な恋愛模様を皆さんご存知ですか?
中にはとてもビックリする話や心温まる話なども数多くあり、歴史上の人物のイメージを色々な意味で覆してくれます。
そんな“歴史上の人物の意外な恋愛エピソード”を、今回は5つご紹介いたします!

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(1)マリー・アントワネットとフェルセン伯爵

「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」のセリフで広く知られる、フランスの元王妃『マリー・アントワネット』。
彼女の愛人であった『フェルセン伯爵』は、自身への縁談を「愛するただ1人の女性のものになれないのなら、私は誰のものにもなるつもりはない」と断り続けるほど、マリー・アントワネットを愛していました。

しかし、革命政府の手によりマリー・アントワネットが亡くなると、その悲しみから彼はフランスの民衆そのものを憎むようになっていきます。
威圧的な態度を多くとるようになったフェルセン伯爵は民衆の反感を買い、最後には民衆に殴り殺されるという悲壮の死を遂げました。

マリー・アントワネットとフェルセン伯爵、愛し合う2人は奇しくも、どちらも同じく民衆の憎悪により亡くなっていたのです。

(2)平清盛と常盤御前

“源義経”の母親である『常盤御前』は、絶世の美女だったと言われています。
平治の乱で夫である源義朝を亡くした常盤御前は、藁にも縋る思いで敵対勢力である『平清盛』に助けを求めに行きました。

普通ならあり得ないと思いますが、平清盛は常盤御前のあまりの美しさにまさかの一目惚れ!
常盤御前とその息子たちを助け、そのまま常盤御前を自分の側室にしてしまったのです。

敵の大将に一目惚れされるなんて、常盤御前はどれほどの美人だったのでしょうか……。

(3)楊貴妃と玄宗

世界三大美女として知られる楊貴妃。
名君と呼ばれた唐皇帝の玄宗は、息子の妃である楊玉環(楊貴妃の本名)を見るなり恋に落ちてしまいます。

楊貴妃やその一族に欲しいものは何でも与え、溺愛した玄宗の名君としての評判はガタ落ち。
安史の乱で楊貴妃が亡くなった後も、画工に描かせた彼女の絵を玄宗は毎日のように眺めていました。

玄宗にとって楊貴妃は、皇帝としての座を危うくしても愛し守りたい存在だったのかもしれません。

(4)ベートーヴェンと“不滅の恋人”

数多の音楽家の例にもれず、かなりのプレイボーイだったという『ベートーヴェン』。
ベートーヴェンが亡くなった後、彼の机の引き出しから3通の恋文が見つかったと言います。

恋文の中で“不滅の恋人”と表現されるその相手との恋愛と失恋は、天才ベートーヴェンの創作意欲が衰えてしまうほどのものでした。
イニシャルしか書かれていないため、その女性が誰かは分かりません。
しかし長年の研究により『アントーニア・ブレンターレ』という女性ではないかという説が浮かび上がりました。

イニシャルしか書かないということは、やはりその女性とは結ばれてはいけない仲だったということでしょうか……?
研究者たちが、時間をかけても判明させたかった気持ちが分かる気もしますね。

(5)明智光秀と妻木煕子

本能寺の変のイメージが強い『明智光秀』ですが、実は大変な愛妻家だったと言われています。
婚約者である妻木煕子は、光秀との結婚前に天然痘にかかり、顔や体に醜い痕が残ってしまいました。

そのため煕子の父は、代わりに外見がそっくりな煕子の妹を光秀に知らせないまま嫁がせます。
これに気づいた光秀は「外見は歳月などでいずれ変わってしまうが、心の美しさはいつまでも変わらない」と妹を返し、本物の煕子と無事結婚するのです。

外見が変わってしまっても、ずっと煕子を愛し続けた明智光秀。
本能寺の変の怖いイメージとは真逆の、本当はとても優しい男性だったのかもしれません。


いかがでしたか?
私たちもよく知る歴史上の人物の中には、知られざる恋愛模様がたくさんあったんですね!
彼ら彼女らの恋愛エピソードを知ることで、歴史がまた少し違う目線で見えるかもしれません。

(文/恋愛jp編集部)

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