些細なことからケンカ勃発? 般若心経に学ぶ「こだわらない」恋人同士の付き合い方

【相談者:20代男性】
先日、つきあったばかりの彼女と外食をした際、彼女の機嫌が悪くなりました。理由を聞くと、僕が頼んだメニューを彼女とシェアしなかったことが原因だそうです。一口どうぞ、というのが思いやりだと言われました。アホかという感じです。そんなことで気持ちを測られるのは心外です。今後もそんな面倒なことはしたくないのですが、何度話し合ってもわかってくれません。

qa_a カップルがうまくいかない原因のほとんどが、「どうでもいいことにこだわる」から。

こんにちは。ライターみわあやのです。

相談者さんは、注文した料理をシェアすることに、とくに何のこだわりもないんですよね。だったら、どうしてそんなに意固地になってまで、彼女の「一口」を拒むのか。あげたらいいじゃん、めんどくさい。

彼女のほうは、「美味しい食べ物をシェアするのは、思いやりだ」と思い込んでいるわけです。一方、相談者さんは、「食べ物をシェアすることが、思いやりではない」と反論する。

その心の奥には、自分の価値観を押し付けられ、否定されたという屈辱感があるんだと思いますが、違いますか?

反発したい理由としては、「料理のシェア」が問題ではないですよね。なのに、いつまでもシェア問題で議論しあっても、わかりあえるわけがないです。思いやり思いやりっていうが、そちらが勝手に設定した「思いやり基準」をこっちに押し付けてくる行為。そこに思いやりはあるのかい。

相談者さんが引っかかっているのは、そこでしょ。

その問題のほうに焦点を合わせて話し合わなければ、一生わかりあえないですよ。いつまでも問題のうわばみでしかないメシの話をしていては、ふたりの溝は深まるばかりです。

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人間は「自分が正しい」って思いがちな生き物

人間って、自分の判断や意見がもっとも「普通」で、世の中でもそれが「常識」だと考えがちなんですよね。でも実際、常識なんていうものは、これといった形のないもの。育った環境や、自分をとりまく周囲の考え方などによって、「常識」は変化するわけです。

食事のシェアだとか、人としてどうあるべきか、みたいなことに明確なルールがあるわけじゃないでしょ。それなのに、正しいとか間違っているとか、勝手なジャッジを下すんですよ、人間って。

私が思うに、男と女がわかりあえないとか、立場の違う人同士で諍いが起きる原因は、もうほとんどがこれ。

何事にもとらわれず、わだかまりのない心

般若心経のなかに、「心無罣(ケイ)礙(しんむけいげ)」という一節がございます。

以無所得故、菩提薩垂、依般若波羅密多故、心無罣(ケイ)礙……という部分です。これは、「何も求めず、執着もしないから、仏教の修行をしている人は心に何のわだかまりもないし、何かの思い込みにとらわれることもないんだよ」的な意味。

心無罣(ケイ)礙の罣(ケイ)は、「引っかかること」。礙は、「妨げる、障害となる」。分別(何が正しいかとか、善悪とか)にとらわれるから、人生がしんどくなる。といったところでしょうか。

他人に考えを変えてもらうのは難しいです。それにひきかえ、自分の「とらわれ」を捨てて、考え方、受けとめ方を変えるほうがずっと簡単。なにより、視野が広がり、選択肢が増え、成長できると思うんですよ。

一口あげて彼女が喜ぶんなら、そうしてあげればいい。好きな人が喜ぶ顔、うれしいでしょ。

そして、お互いの持っている価値観に相違があれば、その都度、冷静に話し合ってください。大事なのは、そのときの「相手の言い方」とか「自分が責められた感じ」。みたいな部分にとらわれないこと。

彼女が何を求めているのか、あなたはどうしたいのか、素直に受けとめて、シンプルに話をして欲しいのです。相手にわかってもらおうとしなくてもいいから、率直な気持ちを伝えるんです。信頼関係ってそういう姿勢から、生まれるものではないでしょうか。

これができるカップルは最強だと思いますよ!

今回の解脱ポイント

・自分が正しいと思っているのは皆おなじ
・「正しい、間違っている」みたいな感情にとらわれず、シンプルに話をしてみて
・困ったときには般若心経!

●ライター/みわあやの(カルチャー専門家)

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