どうしても彼氏の携帯を見てしまうワケ

【相談者:20代女性】
彼氏の携帯をチェックするのをやめることができません。彼が浮気をしたとか、あやしい行動をしているわけでもないのですが、どうしても衝動的に見てしまうんです。はじめはちょっとした好奇心でした。無口で、あまり感情を見せないタイプの彼が、普段どんな行動をしているのかを知りたかっただけなんです。今では習慣になってしまい、彼のいないスキをついてこっそり携帯に手を伸ばしてしまいます。彼との交際は順調で、不満もないのですが……。自分でも悪いことだとはわかっています。

どうしたら、やめることができますか。アドバイスをお願いします。

qa_a 近すぎです。心の距離を少しはなして、冷静に。

こんにちは。カルチャー専門家のみわあやのです。

「彼氏の携帯にプラスの情報はなし」といいますが、ご相談のケースは、情報がどうこうよりもあなた個人の問題のように思います。

パートナーのことを自分の分身のように感じてしまうのは、大好きだからこそ生まれる心理。でも、「あなたと彼は別のひと」。恋愛も人間関係のひとつですから、相手の領域を侵していいわけがありませんよね。

自分のなかの漠然とした「不安感」を、彼への携帯チェックで解消しようとしていませんか? 

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あなたを駆り立てる気持ちの正体は……

自分がしあわせになることに無意識の抵抗を感じてしまうひとは、少なからず存在するようです。心理学的には、この「抵抗」の正体は、「自分自身への無価値観」からくるものだといわれています。

パートナーのあら探しをして弱みを握ろうとしたり、ツッコミどころを探そうとしたり、どうにか自分の立場を上げて、対等になろうと必死。本人にそのつもりがなくても無意識でおこなわれるので、自分でも自分の行動がよくわからない、となるようです。

「無価値観」を解消するためには、自分自身と向き合わなくてはなりません。

カウンセリングでも使われている方法なのですが、第一に自分にそういう部分があるんだ、ということを認めること。そして、自分自身を客観的に見て、適正な価値を見いだしていくプロセスが必要です。身内や気のおけない友人など、身近な人に、自分の「いいところ」を聞いてみるもの効果的だそうですよ。

彼の全部が知りたくて、思い悩んでいる女性に

「竹有上下節 (たけにじょうげのふしあり)」という禅のことばがあります。

中国南宋時代の禅宗の歴史書、“五燈会元(ごとうえげん)”に記されています。竹は、一本のように見えても、上下にはっきりとした節があるという意味です。

竹とおなじように、人間そのものには上も下もありません。でも、ひとりひとりには、個人差があって役割は別々。人と人のあいだには、節操としての区別も必要なのです。

親と子、師匠と弟子、男と女、個人と個人。節操のない平等にとらわれて、その役割を見失ってしまえば成長もせず、自然な調和は生まれません。

立場の違う人間を見下すことは、あってはなりません。でも、ものごとに分別(ふんべつ)があるのは自然なこと。私たちはときに間違ってしまいがちですよね。

お互いを支えあいながら、自分の領域をきちんと持っている。相手の領域にやすやすと侵入しない。そんな関係をつくることが、本当の意味での「調和」なのでしょう。

付き合いが長くなると「なあなあ」の関係になりがちですが、そんなときこそ「竹有上下節」の精神で、自分を省みることが大切なのかもしれませんね。

●ライター/みわあやの(カルチャー専門家)

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