心と体の浮気……許せないのはどっち!?

【相談者:20代男性】
はじめまして。いつも興味深くコラムを拝見させていただいています。自分には結婚を考えている恋人がいます。僕は、彼女以外の女性に興味もなく、彼女を心から大切に思っています。

一方彼女は、とあるミュージシャンに夢中。ライブに足しげく通い、携帯の待ち受け画面もそのミュージシャンです。正直、いい大人が芸能人にキャーキャーいうのはバカげていると思いますし、あまりのハマり具合に、これは「心の浮気」ではないかと不安にもなっています。

彼女に注意したこともありますが、「うざい」のひとことで切り捨てられ、友人に相談したら、「男のくせにおかしい」と笑い飛ばされました。普通は、女性のほうが心の浮気に対して敏感なはずなのに、自分は変なのでしょうか。また、どの時点で浮気なのか、とか考えるとイライラしてしまいます。こんな僕に、いつもの「禅のことば」をお願いします!

a 一度、ライブに連れて行ってもらってはどうでしょうか?

はじめまして。カルチャー専門家のみわあやのです。いつもご覧いただきありがとうございます!

今回のケースが浮気かどうかはさておき……。心理学では、人間が浮気をする理由のひとつに、『不足原理』が関係しているといわれています。これは、足りないものを他の何かで埋めようとする心理のことです。

ですから、相手を責めて自分の正しさを振りかざしても、根本的な解決にはなりません。「自分が彼女にしてあげられていないこと」に目を向け、彼女が足りないと感じている部分を補えるよう努力してみるなど、寛容な気持ちで向き合うことが解決への近道なのかもしれませんね。

彼女が嫌がらなければ、思い切って一緒にライブに行ってみるという手もありますよ。案外あなたもハマるかもしれませんし、共通の趣味ができるのはいいことでしょう?

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「心の浮気」と「カラダの浮気」、許せないのはどっち?

恋愛関係のなかで、相手に愛着や安心感を求めているひとは、「心の浮気」に嫌悪感を抱く。逆に、お互いの関係に自立性を求めているひとは「肉体的な浮気」に強く動揺するという傾向があるそう。

これは、『Psychological Science誌』に発表された、ペンシルバニア州立大学心理学科の研究結果。単に男女の性差というよりも、文化、環境的な側面が強く影響しているようですね。

彼女が「自立した関係」を求めるタイプならば、「心の浮気」に対してはそれほど罪悪感を持ってはいないのでしょう。ですから、彼女にとっては、あなたが感じているほど重大な問題ではないのかもしれません。

相手をバカにしていては、「和」は生まれません

「和敬清寂(わけいせいじゃく)」

茶人、千利休は、茶道の精神を「和敬清寂(わけいせいじゃく)」ということばで説きました。(出典:「茶祖伝(1730年)」)

「和」というのは、ひとと調和すること。「敬」は相手をうやまうこと。「清」はきよらかなこと。「寂」は、静寂。しずかなこと。

“「和」の精神で、相手を「敬」う。「清」らかなこころをもって、「寂」に至る”

人と人が向き合うときには、このような姿勢が大切だということです。

千利休の精神を象徴するエピソードに、丁寧に掃き清められた庭に、わざと落ち葉を散らしたというものがあります。ほんの少しの落ち葉が、「清らかさ」をよりいっそう引き立てる。ただ清潔なのとは違う、趣の深さがありますよね。

「本来あるべきでない余計なものが、ほんのちょっと入ることで、人生はいっそう味わい深いものになる」、わたしは、そのように解釈しています。


相手の個性も、自分とは異なる考え方もすべて、そのまま認めて、寄り添う。そこには、心が乱れることのない、シンプルで落ち着いた関係が生まれるはずです。

「和敬清寂」の精神を心の片隅に置いて、彼女ともう一度向き合ってはいかがでしょうか。

●ライター/みわあやの(カルチャー専門家)

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